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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)3172号 判決

原告

楠本七重

右訴訟代理人弁護士

丸橋茂

国府泰道

村本武志

野々山宏

吉田実

被告

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

橋本徹

被告

山根一晃

右両名訴訟代理人弁護士

船越孜

被告

アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー

右代表者(日本における代表者)

藤野弘

右訴訟代理人弁護士

玉井健一郎

宮﨑乾朗

大石和夫

板東秀明

京兼幸子

金斗福

辰田昌弘

関聖

岡本哲

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告らは、原告に対し、連帯して八四四万五二七七円及びこれに対する平成四年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

(予備的請求)

1 被告らは、原告に対し、連帯して七四四万五二七七円及びこれに対する平成四年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

(主位的請求原因―不法行為責任)

1  (融資契約と保険契約の締結)

原告は、被告富士銀行株式会社(以下「被告富士銀行」という。)と左記①のとおり融資契約を締結するとともに、右融資金を資金として被告アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー(以下「被告アリコ」という。)と左記②、③二口の変額保険契約を締結した。

① 融資契約(以下「保険融資契約」という。)

契約日 平成元年二月九日

融資金額 一〇〇〇万円

融資期間 五年

利率 年5.7パーセント

貸主 被告富士銀行

借主 原告

保証人 楠本幸彦

② 保険契約(②と③をあわせて、以下「本件変額保険契約」という。)

契約日(始期) 平成元年三月一日

責任開始日 平成元年二月一〇日

一時払保険料 五五〇万円

終期 終身

保険者 被告アリコ

契約者 原告

被保険者 楠本幸彦

死亡保険金受取人 原告

保険種類 変額保険

③ 保険契約

契約日(始期) 平成元年三月一日

責任開始日 平成元年二月一〇日

一時払保険料 五〇〇万円

終期 終身

保険者 被告アリコ

契約者 原告

被保険者 原告

死亡保険金受取人 楠本幸彦

保険種類 変額保険

2  (被告らの行為の違法性)

(一) 保険契約募集資格

原告と被告富士銀行の本件融資契約及び原告と被告アリコの本件変額保険契約は、被告富士銀行阿倍野橋支店従業員である被告山根一晃(以下「被告山根」という。)の勧誘により行われたものであるところ、被告山根は、本件変額保険契約締結に至る一切の行為を被告アリコに代行して行った。保険募集の取締に関する法律(以下「保募法」という。)九条は、生命保険募集人以外の者による募集を禁じ、変額保険についてはさらに販売資格制度が設けられて、保険の募集には右資格が必要であるが、被告山根は、銀行員であって右資格はないのであるから、被告山根の変額保険の勧誘・契約締結に至る右の行為は、右九条に違反する違法なものである。

(二) 保険募集方法の違法

(1) 変額保険は、その資金を他の保険会計とは切り離された特別勘定に繰入れ、株式・債券を中心に収益性を重視して資金を運用するものであり、その運用状況によっては、大きな利益が上がることもあれば、元本(当初支払保険料)を下回ることもあり得る金融商品である。そのため、前記のように特別の資格制度を設けるほか、保険募集に関して、不実のことを告げ又は重要な事実を告げない行為を禁じている(保募法一六条一項一号)。

(2) しかるに、被告山根は、原告に対し、本件変額保険を勧誘する際、「変額保険は保険会社にお金を預けて運用し、お金を増やしてもらうことで、運用状況によって利回りに変動があるが、どんなに悪くても富士銀行からの借入利息以上になる。」、「五年くらい利息を払っていれば支払った利息分以上の利益が入ってくる。借入金利を積立預金のつもりで払っていればよい。」、「絶対に損はさせない。天下の富士銀行が保証するのだから大丈夫。」、「絶対に損はさせない。天下の富士銀行がついている。任しといてください。」、「天下の富士銀行が持ってきた話やから間違いがない。」などと、不実のことを告げ、他方で変額保険の前記のような特殊性や危険性については説明をしなかった。

また、被告富士銀行と被告アリコは、変額保険の勧誘につき、提携関係にあり、被告富士銀行から原告に対してなされた融資は、変額保険の一時払い保険料とされるものであり、いわば組み合わせ商品としての性格を有していたのであるから、被告富士銀行としては、本件変額保険契約の締結により、少なくとも被告富士銀行からの融資に伴う利息を負担しなければならないことを説明すべき義務があるのに、被告山根はこの点の説明もしなかった。

(3) 被告アリコは、被告山根に本件変額保険の勧誘行為の一切を代行させ、自らは保険募集に関する右告知説明義務も、被告アリコと被告富士銀行の提携に伴う融資利息の負担についての説明もしなかった。

(三) 融資契約勧誘行為の違法

被告富士銀行は、銀行として、融資により、借入側が過大なリスクを負担することがないように審査し、融資契約締結に伴う付随義務として借入側(顧客)の安全を確保する義務を負担し、この義務は、本件融資契約と本件変額保険契約のように、被告富士銀行自ら融資対象案件(変額保険)を原告に持ち込んで勧誘する場合には、融資対象案件の安全性をより厳密に調査し、原告が冷静で合理的な判断ができるように正確な情報・知識を与え、その上で原告に判断の機会を与えねばならないが、被告山根は、右のとおり変額保険につき不実の説明を行っただけでなく、融資契約自体の不利益を秘匿し、原告に判断の機会を与えないまま本件契約に至ったものであって、右義務に違反した。

3  (被告らの責任)

(一) 前述のとおり被告山根の前記2(一)、同(二)(1)、同(三)の各行為は違法なものであって、これらは①原告と被告富士銀行間の融資契約を成立させるべく被告富士銀行の従業員として、②被告アリコの生命保険募集業務について被告アリコを代行し、保険契約を締結させて原告に後記の損害を与えたものである。

よって、被告山根は、民法七〇九条に基づき、被告富士銀行は、その従業員たる被告山根の右行為につき、民法七一五条に基づき、不法行為責任を負う。

また、被告アリコは、保募法一一条一項により、「生命保険募集人」である被告山根のなした前記2(二)(2)の行為について責任がある。

(二) 以上より、被告らは、原告に対し、連帯して、原告の被った後記損害を賠償する義務がある。

4  損害

(一) 本件の支払済保険料と現在の解約返戻金の差額

原告は、平成元年二月一〇日、被告アリコに対し、本件変額保険の一時払保険料(二口分)として、一〇五〇万円を支払ったが、本件変額保険の平成七年六月三日現在の解約返戻金は、六二九万九五二二円であるから、差額四二〇万〇四七八円は、被告らの不法行為がなければ支払うことのなかった金員であり、右不法行為に基づく損害である。

(二) 被告富士銀行に対して支払った利息等

原告は、平成元年二月九日から平成四年三月五日まで、利息及び収入印紙代として、合計二二四万四七九九円を支払ったが、これは被告らの不法行為がなければ支払うことのなかったものである。

(三) 慰謝料

原告は、平成四年三月に被告らの不法行為が判明してから多大な金銭的損失を受けたこと及び被告らが自らの不法行為等の責任をとろうとしなかったことから、著しい精神的苦痛を受け、その精神的損害は金銭にして一〇〇万円を下らない。

(四) 弁護士費用 一〇〇万円

合計八四四万五二七七円

(予備的請求原因―債務不履行責任)

5  被告富士銀行と被告アリコとの間には、前記1項のとおり変額保険について保険料支払のためのローン設定と変額保険の顧客斡旋等の提携がなされており、本件の融資契約締結行為と保険契約締結行為は、被告富士銀行と被告アリコが不可分一体としてなしたものである。

そして、被告富士銀行及び被告アリコは、変額保険を融資契約とのセット商品として勧誘するに際しては、顧客に対し、その内容、リスクについて十分に説明する信義則上の義務を負うものである。仮に、本件変額保険及び融資契約が融資付変額保険というセット商品ないし被告富士銀行と被告アリコとの共同販売といえないとしても、被告富士銀行及び被告山根が被告アリコと提携した上で、新規融資の獲得の手段として積極的に本件変額保険を勧誘している以上、これらの契約締結に際して、被告富士銀行及び被告アリコは自ら勧誘した契約により原告に生じる危険性について信義則上の説明義務を負う。

しかるに、前記2項のとおり、被告富士銀行の従業員である被告山根も被告アリコも本件契約締結に際して右信義則上の説明義務を尽くさなかったのであるから、債務不履行責任を負う。

更に、被告アリコは、自ら告知説明を行わなかったことについて、直接、保募法一六条一項一号に基づく債務不履行責任を負う。

6  損害

前記4項の(一)、(二)、(四)のとおり

合計七四四万五二七七円

7  よって、原告は、被告らに対し、主位的には、不法行為に基づき、前記損害八四四万五二七七円及びこれに対する平成四年四月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による金員を、予備的には、債務不履行に基づき、前記損害七四四万五二七七円及びこれに対する平成四年四月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告富士銀行、被告山根)

1  請求原因1の事実は認める

2  同2(一)の事実は否認する。

本件変額保険の勧誘は、有資格者である被告アリコの従業員訴外高野英晴(以下「高野」という。)が行っており、被告山根がなしたものではない。被告山根は原告に対して本件変額保険を紹介したが右紹介に併せて被告アリコの担当者に対しても原告を紹介し変額保険の勧誘を依頼している。そして、その後被告山根は高野から原告との間に変額保険の内容を説明し、その加入手続が終わった旨の連絡を受け、二月九日、保険料相当の融資手続をとったに過ぎない。

3  同(二)(1)、(三)の各事実は否認する。

昭和六三年一二月ころから、被告山根は何度か原告に対し被告アリコが商品化していた本件変額保険を紹介しているが、その際には変額保険は死亡時に保険金が支払われる生命保険であるが、保険料を主に株式売買で運用するため、運用益が多いときも少ないときもあり、現在までの実績ではその運用益が保険料を借入金で賄ってもその利益額を上回っていること、株価が下落するときはそれにしたがって運用益も少なくなること、変額保険はリスクを伴うものであるが、現在までは儲かっている商品であり、五年、一〇年という長期間での利益を考えてもらいたい等の説明をなしただけであって、客観的に虚偽の事実を述べたわけではないし、結果的に損失が発生したとしても、原告が本件変額保険に加入した当時、株式が今日の状況のように大幅な値下がりをし、変額保険の運用益がマイナスになることは到底予測できない状況であったのであり、被告山根には虚偽の事実との認識はなかった。

また、本件融資契約と本件変額保険契約は互いに当事者、目的を別にするものであって、本件においても、被告富士銀行と被告アリコは各支店同士で顧客の紹介、情報の提供を行っただけであり、本件変額保険契約の保険料が本件融資によってまかなわれたからといって、両者を社会経済上一体不可分というものではなく、これによって被告富士銀行の説明義務が生じたり、重くなったりするものではない。

4  同3は争う。

5  同4(一)の事実中、一〇五〇万円の本件変額保険の一時払保険料支払の事実、平成七年六月三日現在における本件保険契約の解約返戻金の合計額が六二九万九五二二円であること、本件の支払済保険料と右解約返戻金との差額が四二〇万〇四七八円であることは認め、その余の事実は否認する。右四二〇万〇四七八円の損失が現実に発生した訳でもない。

すなわち、今後将来にわたり景気の回復等経済動向如何によって運用利回りが好転すれば原告が利益を得る余地もあるし、被保険者に万が一の事故があった場合、基本保険金額(二三七六万円と二七四〇万円)自体は保障されており、これが原告の借入金である一〇〇〇万円及び支払利息の合計額を上回ることもあり得る。

6  同5の事実について、被告富士銀行と被告アリコが提携していたとの事実は否認する。被告富士銀行に信義則上の説明義務違反があるとの点は争う。

7  同6の事実について、右4のとおり

(被告アリコ)

1  請求原因1の各事実中、②、③の各事実は認め、同①の事実は不知。

2  同2(一)の事実は否認する。同(二)(1)の事実は不知、同(二)(2)、同(三)の各事実は否認する。被告アリコに保募法一六条一号に反するとの事実はない。

平成元年一月二七日、被告アリコの代理店担当社員であり、変額保険の募集につき正式に資格を有する高野は、被告富士銀行阿倍野橋支店の被告山根より、変額保険の加入希望者があると連絡を受けて原告を紹介され、同年一月二七日、高野が原告宅を訪問し、原告に変額保険の商品内容と質権設定契約とはいかなる契約であるかをパンフレット及び変額保険の約款とを原告に示しながら説明している。また、高野は、同年二月七日、太田明生命保険面接士とともに原告宅を訪問し、改めて保険契約加入の意思を確認もしている。

3  同3の事実のうち、被告アリコが責任を負うとの部分は争う。被告富士銀行と被告アリコは本件融資契約、本件変額保険契約につき顧客斡旋等の提携関係にあるわけではなく、被告アリコと被告富士銀行が連帯関係にあるわけでもない。

4  同4ないし6の各事実について

被告富士銀行及び同山根の認否と同じ

三  抗弁(過失相殺―被告富士銀行)

高野は原告に対し前記のとおり本件変額保険の内容、仕組みについて十分説明しているが、仮に、被告富士銀行に本件融資契約、本件変額保険契約に関し、何らかの注意義務違反があったとしても、原告は自宅で英語塾を経営しており、原告が本件変額保険の加入を決断するに際しては、夫幸彦(以下「幸彦」という。)と相談もしていたのであるから、本件変額保険の利害・得失を十分に考慮するだけの機会も能力もあったのであり、にもかかわらず原告は本件変額保険の利益面のみを考えて、安易に本件融資契約及び変額保険契約を締結したのであるから、大幅な過失が存するというべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実については争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これを飲用する。

理由

一  請求原因1、②、③の各事実及び原告が被告アリコに対し本件変額保険料として一〇五〇万円を支払ったこと、平成七年六月三日現在の解約返戻金の額は六二九万九五二二円であり、支払済み保険料との差額は四二〇万〇四七八円であることについては、全当事者間に争いはない。

二1  請求原因1①の事実については、原告と被告富士銀行及び被告山根との間では争いはなく、原告と被告アリコとの間においては、成立に争いのない乙A八ないし一一号証により認めることができる。

2  成立に争いのない甲五号証の一及び二、一七号証、一八号証、乙A八号証ないし一一号証、乙B二号証の一裏側部分、二号証の二(原本の存在とも)及び四、三号証の一裏側部分、三号証の二(原本の存在とも)及び四、五号証の一中の原告作成名義部分、六号証の一、証人高野英晴の証言により真正に成立したものと認められる乙B一号証、二号証の一の表側部分、二号証の三(原本の存在とも)三号証の一表側部分、三号証の三(原本の存在とも)、五号証の一中の原告作成名義部分以外の部分、五号証の二、六号証の二、七号証及び八号証の各三、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲一号証の一及び二(原告と被告アリコとの間では成立に争いはない。)、原告と被告富士銀行及び被告山根との間では成立に争いがなく、原告と被告アリコとの間では弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲二号証、三号証、甲四号証の一及び二、証人高野英晴、同楠本幸彦(ただし、後記採用しない部分を除く。)の各証言、原告(ただし、後記採用しない部分を除く。)及び被告山根一晃各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、自宅で学習塾を経営し、幸彦は、室内装飾業に従事しているものであるところ、被告富士銀行阿倍野橋支店勤務の被告山根は、当時取引先であった原告の母の紹介で、昭和六三年九月ころから原告宅に出入りし、取引を行うようになった。

(二) 被告富士銀行阿倍野橋支店と被告アリコは、昭和六三年一〇月、被告富士銀行阿倍野橋支店が、その顧客で変額保険の加入を希望する者を被告アリコに紹介し、右顧客が保険加入のための資金を有しない場合には、被告富士銀行が融資を行うこととする旨合意していたことから、被告山根は、同年末ないし翌平成元年初旬ころ、右合意に従って変額保険を原告に紹介し、必要であれば支払保険料を被告富士銀行から融資する旨を原告に話した。

(三) その際、被告山根は、原告に対し、予想利回り九パーセントと記載された被告アリコ作成の資料や被告富士銀行からの融資の資料を示した上、原告、被告富士銀行、被告アリコの相互関係を図示しながら、変額保険の仕組みや融資条件、融資を受けて変額保険に加入することの利点などについて、次のとおり、説明をした。

すなわち、変額保険は保険会社の取扱商品で、保険料の支払には一括一時払の方法があること、この払込資金を株式七割、債券三割の割合で運用し、その運用益に応じて利益や損失が生じること、また、終身の保険であるので、死亡時には死亡保険金が支払われること、右保険料を銀行が融資することが可能であり、銀行から融資を受けた場合、利息の支払が必要になるが、過去の株価の推移からして五年間程度の運用を考えれば利息を上回る運用益が期待できること、被告アリコは被告富士銀行に対し、保険証券を差し入れ、被告富士銀行においてこれに質権を設定することなどを説明し、さらに具体的に利回りが平均九パーセントで運用された場合の運用益を示し、長い期間運用すれば利益が期待できるので積立てをしている感覚ですればよい旨説明をなした。また、被告山根が原告に二回目の説明をした際には、幸彦が在宅していたため、被告山根は、原告及び幸彦に対し、右と同様の説明をした。その際、幸彦は、被告山根に対し、「一〇〇〇万円ものお金を借りることになって大丈夫か。」と質問をしたところ、被告山根は、同人に対し、利益が期待できることを説明した。

(四)  その後、被告山根は、被告アリコの担当者高野に対し、原告を紹介するとともに、平成元年一月下旬、高野から〇パーセント、4.5パーセント、九パーセントのそれぞれの率で運用された場合の保険金額の推移及び解約返戻金を記載した設計書を入手した上、原告宅を訪問し、同人に対し、右設計書に基づいて変額保険や融資等についてさらに説明をした。

(五) その結果、原告は、被告山根に対し、被告富士銀行から融資を受けて変額保険契約を締結することを希望したので、被告山根は、高野に対し、その旨を連絡し、原告に対し変額保険についてさらに具体的な説明をなすように依頼した。

(六) 高野は、同年一月二七日、原告宅を訪問し、パンフレット及び約款並びに質権設定承諾書を示しながら、変額保険の仕組み等について、次のとおり、説明をした。

すなわち、死亡時ないし後遺障害が生じた場合に支払われる死亡保険金の額は払込保険料の運用実績により変動すること、予定利率は4.5パーセントであり、運用実績がこれを上回れば死亡保険金の額が上がり、下回れば下がること、但し、基本保険金の額は一定であり、運用結果が悪くても同額の保険金が支払われること、解約返戻金については運用実績が4.5パーセントであればプラスマイナスがなく、それを超えると受け取る額が増え、低くなると減ること、支払われた一時払の保険支払金は、代理店の手数料や基本保険金を保証するためにお金を差し引いた残りの九二パーセント前後を運用に回すこと、したがって、保険料の支払後すぐに解約した場合、運用の如何にかかわらず解約返戻金は元本を割ってしまうこと、運用の仕方としては国債、社債等の有価証券に投資し、一月ごとに運用先を見直すこと、途中で解約した場合、運用状況によっては払込保険料を割ることもあるが、運用状況がよければ通常の保険料よりも多くの利益が得られることなどの説明をなしている。

(七) 右同日の説明を受けて、原告は、最終的に変額保険契約加入を決断し、被告山根に対し、その旨を伝えた。そこで、高野は、同年二月七日、太田明生命保険面接士とともに原告宅を訪問し、原告及び幸彦と面会したうえ、原告との間で、本件変額保険契約を締結した。

他方、被告山根は、原告の変額保険加入資金として一〇〇〇万円を融資する手続をすすめ、平成元年二月九日、原告との間で本件融資契約を締結し、その後、原告は、右借入金に自ら用意した約五〇万円を足して保険料一〇五〇万円を被告アリコに払込んだ。

以上の事実が認められる。

なお、原告は、本件融資契約及び変額保険契約の締結は、被告山根が説明、書類の授受等一切の行為をしたのであって、被告アリコの担当者からは何ら説明等なかった旨主張し、証人楠本幸彦の証言及び原告本人尋問の結果中には右主張に沿う部分が存するが、前掲各証拠に照らすと、右各部分を採用することはできず、したがって、原告の主張事実を認めることはできない。

三  前記一記載の争いのない事実及び右認定事実を前提として、原告の主張について検討する。

1  請求原因一2(一)(保険募集資格の違法性)について

保募法九条、四条の登録制度や変額保険販売資格制度は、保険契約者の利益を図るとともに、併せて保険事業の健全な発展ないし健全な募集秩序の維持を図ることを目的としているものであるところ、本件においては、前記認定のとおり、被告山根も原告に対する本件変額保険の紹介や勧誘を行ってはいるものの、原告が変額保険加入を決めるに至る最終的、具体的な説明は有資格者である高野によってなされているのであるから、右事実に照らすと、被告山根の右行為が直ちに不法行為にいう違法となり、損害の賠償責任を負わなければならないものとなるとは考えられない。

したがって、原告の右主張は理由がない。

2  請求原因一2(二)(保険募集方法の違法について)

前記認定事実、証人楠本幸彦の証言及び原告本人尋問の結果からすれば、被告山根は、原告に対し、本件融資契約及び変額保険契約の締結を働きかけた際、当時の株式市況が好調であったことから本件各契約による利益面を強調した説明ないし勧誘をしたことは窺えるが、必ず借入利息以上の運用利益が得られるとか、絶対に損をさせないとまで話したとまでは認められないし、他方で、原告は一〇〇〇万円という多額の融資を受けて保険に加入することに不安を覚えたため説明を聞き直し、夫である幸彦とも相談しており、更に原告は被告富士銀行からの借入金に自ら用意した約五〇万円を併せて本件変額保険に加入しているのであるから、原告は被告山根及び高野の前記認定にかかる説明や高野から示された資料によって変額保険の保険金額及び解約返戻金が変動するという変額保険の仕組みを理解し、運用実績によっては解約返戻金が払込保険料を割り込むこと及び本件変額保険の保険料が銀行からの借入により支払われる場合にその利息分を上回る運用益がでなければ変額保険の運用益を期待し得ないことをも理解・認識して本件融資契約及び変額保険契約を締結したものと推認される。

よって、請求原因一2(二)(2)の主張は理由がない。

また、本件各契約締結当時、被告アリコの担当者高野が原告に対し、変額保険について説明し、契約書類等を交付したことは前記認定のとおりであり、原告が変額保険の保険金額及び解約返戻金が変動するという変額保険の仕組みを理解し、運用実績によっては解約返戻金が払込保険料を割り込むこと及び本件変額保険の保険料が銀行からの借入により支払われる場合にその利息分を上回る運用益がでなければ変額保険の運用益を期待しえないことを理解・認識して本件融資契約及び変額保険契約を締結したと推認されることは右のとおりであるから、請求原因一2(二)(3)の主張も理由がない。

3  請求原因一2(三)(融資契約勧誘行為の違法)について

前記認定事実によれば、被告富士銀行の担当者たる山根は原告に対し、変額保険を紹介する際、被告アリコ作成の資料や被告富士銀行の融資資料を示した上、原告、被告富士銀行、被告アリコの相互関係を図示しながら変額保険の仕組みや融資条件、融資を受けて変額保険に加入することの利点などについて詳細に説明しており、原告が融資を受けるか否かを決定するための必要な情報・知識を与えたものというべく、不実の説明をしたとはいえない。また前記認定事実に照らすと、被告山根が融資契約の不利益な点を秘匿したということはできない。さらに、原告は、本件融資契約締結前に、被告山根から二回にわたってその説明を受けたほか、高野からも変額保険について説明を受けたのであり、その間、夫である幸彦とも相談しており、これらの事実に照らすと、原告にとって本件融資契約を締結するか否かを検討する余裕はあったというべきであるから、被告山根が原告に判断の機会を与えないまま本件融資契約締結に至らせたとはいえない。

したがって、原告の右主張は理由がない。

四  (請求原因5項―予備的請求原因について)

前述のとおり、被告山根及び高野は、原告に対し、右各契約に関し、注意を喚起し、原告が検討を行うために必要な説明をし、かつ資料を提供して、原告の理解を得ているのであるから、被告富士銀行において、原告主張の義務違反があったとは認められない。

したがって、原告の右主張も理由がない。

五  よって、その余の点につき判断するまでもなく、不法行為に基づく原告の請求は理由がなく、したがって、被告らの債務不履行等契約上の義務違反に基づく同請求についても理由がないから、いずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判断する。

(裁判長裁判官見満正治 裁判官森冨義明 裁判官中山誠一)

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